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イメージ力を鍛えると国語の偏差値は飛躍的に上がる!

第13回 説明文/記述式問題 II

山本講師(鉄人会専任スーパープロ家庭教師)

 

 今回は、前回に引き続き説明文の記述式問題について学習します。今回は記述式問題の中でも特に理由をまとめる記述式問題について解説してゆきます。
 では、まず次の文章を目の前にありありと鮮明なイメージが浮かぶように留意しつつ、スピードも意識して3分以内くらいで読んでみてください。なお、出典は『今日の芸術』(岡本太郎)です。

 芸術について、一般にたいへんな見当ちがいをしています。今日、多くの人がほんとうに芸術だと思いこんでいる、また創る側からも、「芸術」と称して、世間にはばをきかせているもののほとんどが、じつは芸術ではないのです。

 「それじゃあなんだ」とおっしゃるでしょう。それは「芸ごと」とか、「芸」とかいうものにすぎないのです。私は芸術と芸というものをはっきり区別しなければいけないと主張します。久しい以前から言っていることなのですが、なかなか徹底しないのが残念です。

 この二つはちょっと同じように見えます。芸ってのは、芸術よりも術が少ないだけ、なにか芸術よりちょっと足りない、芸術の半分くらいなのが芸じゃないか、くらいに思っている人もあるかもしれませんが、そうではありません。この二つはまったく正反対のものです。その本質をごっちゃにしては、絶対にいけないのです。では、どういうふうに違うのでしょうか。

 芸術は創造です。これは、けっして既成の過多を写したり、同じことをくり返してはならないものです。他人のものはもちろんですし、たとえ自分自身の仕事でも、二度とくり返してはならない。昨日すでにやったことと同じようなことをやるのでは、意味がないのです。まえにもお話ししたように、美術史のページを開いてみてもわかることですが、エジプトから今日にいたるまで、ページを繰ってゆくにしたがって、芸術の形式はつぎつぎに変わってゆきます。よかれあしかれ、けっして同じものが二度くり返されるということはありません。一枚一枚が新しく姿を変えています。つまり、芸術の技術は、つねに革新的に、永遠の創造として発展するのです。これが芸術の本質です。

 ところで、芸ごとはどうでしょうか。これは芸術と正反対です。つねに古い型を受けつぎ、それをみがきにみがいて達するものなのです。芸術が過去をふり捨てて新しさに賭けてゆくのに、芸道はあくまでも保持しようとつとめます。何々流の開祖、家元というのがあって、だれでもがそれと同じ型をまねて、その芸風が師匠に近くなればなるほど上達です。やがて「免許皆伝」「奥義のゆるし」となり、定められた形式のなかに完成をみるのです。

 そんなことが芸術で考えられますか。ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』とか、ピカソの『ゲルニカ』にそっくりまねた、寸分ちがわない絵を描いたら絶対に失格してしまいます。このことはもちろん、疑いもなくおわかりになるでしょう。

 ところが、じっさいには、この本質的な違いがあんがいに理解されていないのです。日本画の絵かきさんなんかが絵を描くところを見ますと、まず自分の尊敬する古今の大家の画集をいろいろ集め、それをかたわらに、ずらりと並べて、参考にして描いています。昔からの慣習です。また洋画のほうでさえ、私はこんな話を聞いたことがあります。ある有名画家Kから、ある人がフランスの画集を借りました。二、三週間してからその画家に会うと、「ああ、いいところで会った。あの画集をかえしてくれよ。そろそろ制作しなきゃいけないから」と催促されたというのです。実話です。これを聞いて笑ってしまいましたが、こんなことがべつにおかしいとも思われていないらしいのです。芸ごと精神です。

 さて、芸ごとには、かならず家元制度というのがあります。これは同一の型をきわめて厳密に後世に伝えてゆく、たいへんな組織です。絵画の家元制度についてはすでにお話ししましたが、学問の世界にさえ、これがあったのはあきれるばかりです。だが、よく考えてみれば、今日なお、そのなごりがあるのです。学界のガンになっている学閥、派閥というヤツがそれです。

 しかし、なんといっても、この遺風が典型的に保たれているのは、芸能の世界です。たとえば、長唄とか清元のお稽古などを見てもわかります。『鶴亀』だとか、『越後獅子』とかいうような古い唄を、くり返しくり返し何年もかかって、お師匠さんとまったく同じ節まわしで、うたえるようになるまで習いとるのです。「どうも、いつも同じでは退屈だ」と言って、オクターブあげてソプラノにしてみたり、あげるところをバスにおとしたり、ひっぱるところをシンコペーション(切分音)したりして、「このほうが気分も出ておもしろい」なんて言ったら、とたんにお師匠さんからどなりつけられてしまいます。それどころか、もう今日かぎり来なくてもよろしいと破門され、おもしろくない結果になることうけあいです。

 こういうものは、お師匠さんのやるとおりをくり返して、その型を覚えることがたてまえなのですから、それからすこしでもはずれた歌い方をすれば、もちろんそれは、もうその流派のなかにははいらない。お師匠さんでさえ、家元でないかぎり、かってに新しい面を開拓するなんてことは、許されないのです。どうしても芸術的良心があって、おのれを貫きとおしたい人は、その流儀をはなれるほかはないわけです。そして何々流というのをべつにこしらえる。

 だが、これは言うまでもなく、たいへんなことで、けっしてだれにでもできるというものではありません。すでに、かなりの地位と、あらゆる意味での力を持っていなければなりません。かつてはこのようにして、ときどき、独自の名人が出て分派を開いたこともあったのですが、しかし芸ごとの世界では、それもただちに固定してしまいます。家元制度というものは、その門下から新しい分派が出てくることをひじょうに警戒し、嫉妬ぶかく抑え、自流の世界を守ろうとするのです。そのためには、じつに周到でうまくできています。だから芸術の絶対条件である自由とか独創などを主張しようとしたら、ただちに食いっぱぐれて、生活できなくなってしまうわけです。

 封建的な制度に窒息させられ、ギリギリ縛りつけられて身動きがとれない、こんな土台からは、これからの芸術的発展などは、ぜったいに望めません。

【記述式問題のポイント】

 記述で大切なことは、自分の好きなように自由に文章を書くことではなく、答案の読み手(採点者)が納得できるような文章をまとめるということです。納得できるような文章というのは決して美しい、あるいは完璧な文章ということではなく、ポイントをついているかどうか、もっと掘り下げていえば「外せない重要な言葉」(ここでは「キーワード」と呼びます。)が入っているかどうかということです。
 たとえば、『日本の文化と欧米の文化の違いを述べよ。』という問いに対して、キーワードは何でしょうか?まず、「日本」、「欧米」、「文化」、「違い」という言葉ですね。また、もし本文中に「日本は受身で○○○○、欧米は自主的に○○○○」などというくだりがあれば、「受身」、「自主的」という言葉もキーワードになるでしょう。では、「日本」、「欧米」、「文化」、「違い」、「受身」、「自主的」というキーワードが出そろったところで、これらのキーワードをつなげてみましょう。
 「日本は受身の文化ですが、欧米は自主的な文化です。」という文章はすらすらと出てきますね。
 ただ、「違い」というキーワードはどのように使えばよいでしょうか。ここで、思い浮かぶのは「したがって○○○○という点が違う。」という構文ではないでしょうか。つまり、「○○○○」の部分がわかれば完成ということになります。ここで、「○○○○」の部分が本文中にあれば都合がよいのですが、そういう場合は少ないといえます。ということは、この問題を解くカギは「○○○○」がわかるかどうかなのです。
 では、どのように解決すればよいのでしょうか。方法は『抽象化』技法です。言い換えれば、「受身」と「自主的」という2つの言葉に共通する概念を抽出して、簡単に言えば2つの言葉をまとめた言葉を選ぶということです。そうすると、「見方」という言葉が出てくるのではないでしょうか。
 「○○○○」に「見方」という言葉を当てはめて補足した上で結論をまとめてみましょう。 →「日本は受身の文化ですが、欧米は自主的な文化です。したがって物の見方が内向きか外向きかという点が違います。」

では、早速設問に入りましょう。

〔問い〕

傍線部「この本質的な違いがあんがいに理解されていないのです」とありますが、筆者がこのように判断する理由を140字以内でまとめなさい。(なお、句読点も一字とみなします。)

 まず、問題文中の「この」という指示語が何を指しているかを明確にしましょう。傍線部分から8行前に、「......ところで芸ごとはどうでしょうか。これは芸術と正反対です。」というところから、「この」は「芸術と芸ごと」を指していることがわかります。
 次に、「理解されていない」とありますが傍線部の近くで同じことを言い換えている(同意)表現がないか探してみますと、傍線部の6行後ろで「....べつにおかしいとも思われていないらしいのです。」とあり、その直後に抽象化された「芸ごと精神です。」という表現もあります。また、傍線部分の2行後ろには「慣習」という抽象語が出てきます。このようにリサーチしてゆくと、使えるキーワードとして、「芸術」、「芸ごと」、「芸ごと精神」、「慣習」の4つがでて来ます。
 あとは、「筆者が判断する理由」としてふさわしいように肉付け(具体的表現も盛り込む)しつつ、つなげてゆく作業になります。この作業で重要なこととしては、文末をどういう形にするか、そして「構文」をどうするかです。理由を聞かれていますので、文末は「・・・・・から.」という形にします。また違いを聞かれていますので、構文は「Aは......だが、Bは......である。」を使います。
 以上のことから、解答の骨組みを作成しますと「芸術では独創性が重んじられ、新しいものを生み出すことが本質であるが、芸ごとでは他の芸術家のまねをすることが慣習となっており、芸ごと精神が本質である。」となります。
 さて、これに肉付けをするわけですが、重要なことは「理解されていない」ことの根拠となる内容を付け加えることです。実はこの内容の具体例が傍線部分の3行後から6行後にわたって述べられています。「他の芸術家の作品をまねても芸術が成り立つと考える芸術家がいる。」という例ですね。
では、この内容も付け加えた上で、解答を作成しますと、次のようになります。

「芸術では独創性が重んじられ、新しいものを生み出すことが本質であるが、芸ごとでは他の芸術家のまねをすることが慣習となっており、芸ごと精神が本質である。にもかかわらず、他の芸術家の作品をまねても芸術が成り立つとみなされるなど、芸術と芸ごとが混同される傾向にあるから。」(131字)

【飛躍アドバイス】

 

説明文の記述問題で重要なポイントは次の3つです。

  • 1.使えるキーワードを選びます。本文中にないときは、抽象化技法を使って選びましょう。
  • 2.問題の意図をふまえて、全体のバランスをとりつつ、各キーワードをつなぎます。
  • 3.字数にもよりますが、具体的な表現などを肉付けして完成させます。
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