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イメージ力を鍛えると国語の偏差値は飛躍的に上がる!

第18回 詩/総合

山本講師(鉄人会専任スーパープロ家庭教師)

 

 今回は、詩の総合的な読み取りテクニックについて学習します。 まずは、詩の典型的な特徴からです。

  1. 「くりかえし」には二種類のくりかえしがある。
  2. 「くりかえし」の表現効果は、視聴覚とリズムで考えるとよい。
  3. 「たとえ」は、色・形・性質・働きの共通点を考えるとよい。
  4. 「たとえ」の表現効果はプラスされた性質を考えるとよい。

 詩の技法で最も基本的でたいせつなのは「くりかえし」と言えます。他にも、倒置法・よびかけ・対句・省略・体言止めなど、多くの技法がありますが、他の技法は散文でも使われることが多いのに対し、「くりかえし」は、詩を最も詩らしくさせ、散文ではむしろさけられるものだからです。音・単語・句・連・意味・文法と、詩を作っているあらゆる構成要素が、くりかえされ、いろいろな技法や形式を作るのです。

 音がくりかえされる技法を「押韻」と呼んでいます。又、全体の音数が型通りくりかえされる時「定型詩」と呼ぶわけです。「対句」というのは、句の形式がくりかえされ、意味は対照的になるものを言います。

「くりかえし」には次の二種類あります。

  1. 同じものが全く同じままくりかえされる場合
  2. 同じものが少し形を変えながらくりかえされる場合

では、次の詩をしっかりとイメージしつつ、読んでみましょう。出典は、山田今次『あめ』です。

あめ
あめ あめ あめ あめ
あめ あめ あめ あめ
あめは ぼくらを ざんざか たたく
ざんざか ざんざか
ざんざか ざかざか
あめは ざんざん ざかざか ざかざか
ほったてごやを ねらって たたく
ぼくらの くらしを びしびし たたく
さびが ざりざり はげてる やねを
やすむ ことなく しきりに たたく
ふる ふる ふる ふる
ふる ふる ふる ふる
あめは ざんざん ざかざん ざかざん
ざかざん ざかざん
ざんざん ざかざか
つぎから つぎへと ざかざか ざかざか
みみにも むねにも しみこむ ほどに
ぼくらの くらしを かこんで たたく

〔一〕すぐにわかるのは「あめ」と「ふる」のくりかえし、つまり、(1)の「同じもののくりかえし」です。(2)の「少し形を変えながらくりかえされているもの」は何でしょうか。そしてその原型は何でしょうか。「ざんざか」「ざんざん」「ざかざか」「ざかざん」等のくりかえしですし、原型は最も普通に言う「ざあざあ」ですね。雨が降る擬声音を皆んな「ざあざあ」と言うはずです。ところがこの詩には一度も使われていませんね。でも、「ざあざあ」という音がわかるように工夫されています。ここにこの詩のうまいところがあるのです。テストで問うなら必ずこの「うまい」所が問われるのです。

〔二〕次にこの二つの「くりかえし」の表現効果を考えます。 まず、「あめ」や「ふる」を二行つづけて四回書いていることは(この文字の配列自体)、雨の降る連続的な様子を目で見るように(可視的に)示しています。――きっとここの文字を作者は斜めに印刷したかったにちがいありません。(雨は斜めに降るから)  次に「ざんざか」等の方はどうでしょうか。雨の音といっても、その時の風の様子などで、実はいろんな音が聞きわけられると思いませんか。そのいろんな音を表現しわけているのです。しかも、雨の音であることがはっきりわかります。まるで実際に、耳に聞こえてくるような効果(聴覚)があるわけです。  いつもそうと言うわけにはいきませんが、この詩に典型的なように、くりかえしには、視覚(目で見える)や聴覚(耳できく)を刺激するものが多いようです。

くりかえしの表現効果――まとめ

  1. 視覚や聴覚を刺激し、目でみたり、耳できいていることを生き生きと感じさせる効果がある。
  2. 音数のくりかえしで、いろんなリズムをつくり出し、形式を作ることもある。

では、次の詩をしっかりとイメージしつつ、読んでみましょう。出典は、山田今次『あめ』です。

熟れる一日
赤い西瓜の内側のような
夕焼け。
こんなに良く熟れる夏の一日もある。
空にいらっしゃる方が
大きなスプーンで
ひと掻きずつ
夕焼けを
掬って
召しあがるのか、
赤いおいしそうなところが
ゆっくり減ってゆく。

暑かった昼のほとぼりのさめないまま
たちこめる青い暮色。
空の高いところに
かすかに赤い横雲が一筋
食べ残された風情で。

〔一〕 句読点をしっかり確認して下さい。句読点のない詩も多いのですが、あればしめたもの、これではっきりと、文の意味がどこまで続くか、つまり、どこまでをひとまとめで読むのかがわかるからです。それは又、どの行とどの行がつづいているのか、いないのかも教えてくれます。この詩のように句点のはっきり打っている詩は、句点がない所はつづいていると考えることができます。

〔二〕 普通の文のように、何がどうしたのか、どんななのか、何なのかということをはっきりとさせて下さい。そうすると16行目最後の行)の省略に気づくはずです。つまり「食べ残された風情で」何がどうなっているのかを考えずにはおれないはずです。前の行のおしまいに句点が打ってありませんから、ここは当然前の行からつづくと考えられます。そうすると、「横雲が一筋」どうなっているのか、と考えていけば省略されていることばがわかってきます。省略の技法は余韻(ひびき)を生みます。

〔三〕 ――線(1)ではっきりとわかるのは「夕焼け」を「赤い西瓜の内側」にたとえていることです。ここで大切なのは、なぜそのようにたとえることができるか、その理由を徹底的に考えてみることです。その作業から、見えないものが見えてきます。基本は、「色・形・性質・働き」の四点について考えることです。

  性質 働き
赤い西瓜の内側→ 半弧 熟れている 食べておいしい
夕  焼  け→ (半弧) 一日の終わり 見て美しい

 色と形についてはすぐにわかるでしょう。夕焼けの半弧をカッコに入れたのは、大きくみれば半弧だからです。性質のところから、この詩の題名がみえてきませんか。そうすると、3行目や題名にある、「熟れる一日」がたとえだということもわかってきます。一日は、くだもののように、熟れたり、熟れなかったりするものではありませんから。この表現から一日をすごした作者の満足感のようなものが伝わってきませんか。

〔四〕もうここまでくれば、この詩が十分理解できるところに立っています。――線AやBの「たとえ」はつまりどういうことなのか、わかりますね。時間がたって、夕焼けがだんだんなくなっていくことを言っています。――Cの最後に省略されていることばもわかってきます。主語が「横雲」ですから、「浮かんでいる」とか「残っている」とかと考えればよいのです。

〔五〕 たとえの表現効果 では、夕焼けを、赤い西瓜の内側にたとえることで、どんな表現効果がえられるでしょうか。答は既に〔三〕の解説で書いていますが、これはどう考えてできたのでしょう。  「たとえ」にどんな表現効果があるのか、一般的に言うことはできません。ただ、〔三〕の表のように夕焼けと西瓜を比喩を使ってダブルイメージでとらえた時、普通の夕焼けがどう変わってくるかを考えればよいのです。例えば、「おいしそうな夕焼け」とかです。作者の「満足感」もそう考えて出してきたものです。ただこの場合「おいしそう」よりは「満足感」の方があてはまっているような気がします。  次の表を見て下さい。たとえの基本は比較なのです。

AとBはCの点で似ている(比較している)
  ↓Aを主語にして書き直すと
AはCの点でBに似ている
  ↓Cを省略すると
AはB(のようだ)(だ)(みたいだ)

(Cとは共通点のことです)

 AをBにたとえた時、Aの性質や、働きにつけ加わったもの、あるいは強調されるものがその表現効果だと考えることができます。

【飛躍アドバイス】

 運動会の場面で一年生の選手のことを「小さなうさぎたち」とたとえたとしましょう。Cを考えると次のようになります。

  形(形質) 働き
一年生の選手たち 白い運動着 かわいらしい 走る・跳ぶ
小さなうさぎ達 かわいらしい はねる・跳ぶ

 普通に「一年生の選手たち」と述べただけでは伝わらないもの、「白さ」とか「かわいらしさ」とか、つまり「うさぎ」ということばが入ることによって強調される共通点がこの場合は効果になってきます。

 

 一年生の選手達の白づくめの様子やかわいらしさをまるで目にみえるように具体的に表す効果があるのです。

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