秘伝!国語入試問題の解き方

第16回 短歌を読む 感じるこころ

 先回は、まどみちおの「ぞうきん」を読みながら文学体験について考えました。

 今回は短歌を読みながら、「感じるこころ」について考えてみたいと思います。とはいっても理詰めの考察ではなく、思いつくままの漫談となります。

 ここでとりあげる作品は入試問題ではなく、四谷大塚進学教室において、6年生対象の授業に用いた教材プリントから採ったものです。

 以下、実況中継風に記します。


 水原紫苑

風狂ふ桜の森にさくら無く花の眠りのしづかなる秋

 水原紫苑の歌は難解だといわれます。先輩歌人葛原妙子の象徴の技法に強く影響されていることにもよりますが、無理に解釈を試みる必要はないと思います。ことばのひびきに素直に合わせてしまえば、そこに現実を越えた世界が浮かんでまいります。しかも虚構にありがちな脆弱さではなく、しっかりとした実在感を伴っていることに驚かされます。「美しすぎる」という批判めいたコメントも散見されるようですが、羨望の裏返しでしょう。美しすぎて困ることはありますまい。

 生徒に朗読させましたが、まず「読み」で躓きました。文語体はまだ小6生には荷が重いのかもしれません。何かを感じている顔と、わけがわからんという顔が混在していて間が持たず、説明もそこそこに次の歌に移りました。

殺してもしづかに堪ふる石たちの中へ中へと赤秋津ゆけ

 「赤秋津(アカアキツ)」とは「赤とんぼ」のことだよ、と解説を加えると、そこかしこでビビッと反応が生じます。「かたい石の中に赤とんぼが入り込んで行く」というイメージはまことに超現実的ですが、新鮮な驚きを感じたようです。

秋水のみなもと深きむらさきに去りしあやめの声を聞きたり

 壮絶な美しさです。大仰に反応するような歌ではありませんから、個々の生徒がどのような印象を持ったかはよくわかりません。しかし、この詠のもつ響きのかけらでも心の底にしまわれれば、いつの日か、思いがけない一瞬に「あやめの声」が聴こえてくるかもしれません。


米川千嘉子

春の鶴の首うちかはす鈍き音こころ死ねよとひたすらに聴く

 朗読するときに胸がつまって、動揺を悟られないように苦労しました。この歌を読むと、そこらへんの恋愛論など塵あくたにひとしい。「首うちかはす」というのは鶴の求愛行為だよ、と説明すると、みんなきょとんとしておりました。まだ少し早いか…。しかし、わかる子にはわかると見えて、目をらんらんとさせ、のめりこんでいく様子が見て取れます。

さやさやとさやさやと揺れやすき少女らを秋の教室に苦しめており

 国語教師である作者の実感がよく出ており、同業者の当方など肝に銘じなければならぬ詠ですが、「悪いおじさんに監禁されているの?」などと訊かれて、少々焦りながらいろいろと説明した次第です。


俵万智

砂浜のランチついに手つかずの卵サンドが気になっている

 平易な歌だと思っていましたが、かなり解釈に苦しんでいたようです。「せっかく作った卵サンドを彼氏が食べてくれなかったらどう思う?」と問い返すとみんな納得したようです。こんなとき、「ぶっ殺す!」などと穏やかでないことを言い出す生徒が必ずいるものです。それが女子でないことを祈りたい。

ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう

 「君たち、無邪気に笑っている場合じゃないかもしれないよ。」おそろしい時代になりました。男にとって…。

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの

 「カンチューハイ」は受けました。しかし、このあたりで、男子と女子との反応に、違いが際立ってきます。精神年齢という観点からみれば、小6の時点ではあきらかに女子が男子を上回っています。周囲をよく観察し、理解し、そしてその中における自身の位置をよくわきまえているのは圧倒的に女子です。女子にとって男子とは、遠からぬ将来において、依存する対象であると同時に、巧妙に支配する対象でもあります。それだけにこの詠を単なるギャグとしてしかうけとれない男子と違って、女子は他人事でない切実さを直感するようです。

今日までに私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海

 「嘘」。心当たりのない人間はいないはずです。案の定、照れたような、焦ったような様々な顔。しかし、逆にいえば、こんなときに能面のような無表情な顔をしている子はちょっとこわい。

 俵万智をとりあげると、必ずといってよいほど、「五七五七七になってないよ。」と問われます。実際、「サラダ記念日」は賛否両論かまびすしく、中には短歌として認めないという極論までありました。しかし、種田山頭火を自由律俳句とするなら、自由律短歌があってもよいわけです。詠の内容についても「軽い」といった批判が多かったようですが、俳諧歌と位置付ければ納得がいくのではないかと思います。あまり批判的にものを見ても得るところはないでしょう。

 ちなみに古今集の俳諧歌から一首あげておきましょう。

我を思ふ人を思はぬむくひにや我が思ふ人の我を思はぬ

よみひとしらず


紀野 恵

ふらんす野武蔵野つは野紫野あしたのゆめのゆふぐれのあめ

 「不思議の国のアリス」は有名ですが、「ナンセンス」も文学の立派な一ジャンルです。この歌を何人かの生徒に朗読させてみましたが、けっこう面白がっていました。ただし、シュールレアリスムだのなんだのという理屈は無用です。漢字とひらがなの使い分け、言葉どうしの無意味であってしかも必然的なつながり、そして「の」の反復による快い韻律など、まず姿の美しさに酔うことです。次の詠も傑作です。

わたくしはどちらも好きよミカエルの右の翼と左の翼

 諧謔の正統派というものは案外希少なものです。無論、漱石がその泰斗ですが。


辰巳泰子

わがまへにどんぶり鉢の味噌汁をすする男を父と呼ぶなり

 辰巳泰子は現代歌人の中でもとりわけ重要な存在だと考えます。これより前の世代の女流歌人には、おおむね巧妙な韜晦があります。女性が本音をそのまま表すことには、社会的に大きな制約がありました。それゆえ象徴などの間接的な迂回表現によらざるを得なかったのですが、辰巳泰子に至って、ようやく女性の本音そのものが、美しいことばによって直截に具象化されたと言えるでしょう。確かに女性性を赤裸々に詠った作風も出現しておりますが、それらの中には、フェミニズムそのもの、あるいはその匂いを感じるものが多く、そのイズムの痕跡のゆえに、一種の作為による自然さの喪失、いわば死相を感じてしまいます。

 辰巳泰子はイズムに依存しません。イズムを介した共感というものも成り立たないことはないと思うのですが、それはあらかじめ筋書きのできたお芝居のようなもので、計算ずくで受けを狙ったようなものは、たちどころに明敏な読者に看取されます。いわゆる「くさい」というのがそれです。

 次に辰巳泰子の詠から、試みに四首選び、起承転結に則って、わずか四行の小さな物語を編んでみたいと思います。小学生対象の授業では用いませんでしたが、ここは御父母様対象のサイトということで、あえて“問題作”も盛り込みます。

責めらるるうれしき夢におぼろげに前(さき)のをとこの名を呼べといふ

乳ふさをろくでなしにもふふませて桜終はらす雨を見てゐる

いとしさもざんぶと捨てる冬の川数珠つながりの怒りも捨てる

飛行機雲風にほどけてゆくゆふべやさしき時間(とき)に明日はかへらむ

 とりわけ第二首目には衝撃を感じます。この詠によって、女性性を理解するという以上に、今まで無自覚だった男性性への痛烈な反省を強いられます。ある程度の粗暴さには耐えられても、自己本位による共感そして交歓の拒絶には耐えられない。

 それにしても、男性側のこころの空白こそが致命的です。ここでは女流歌人のみをとりあげました。なぜ男の歌がないのか、理由は極めて簡単です。当方にとって、現代短歌では琴線に触れる詠があまりないからです。戦前の著名歌人は圧倒的に男性であり、与謝野晶子などはまさに紅一点の観でした。斎藤茂吉や若山牧水など、そこにはこぼれるような慈父のぬくもりや男の浪漫がありました。戦後はホーケン的なものの否定によって出発したわけですが、逆に今、その封建的な情緒にときどき渇くような郷愁を覚えるのはなぜなのか。ちなみに小津安二郎の「東京物語」は、仄聞するところ、名画として世界映画史上第5位にランクされ、ヨーロッパでは上映後に観客席からいっせいに拍手が起こるとのことです。


沖ななも

空壜をかたっぱしから積みあげる男を見ている口紅(べに)ひきながら

 目の前に座っている女子が少々いやな顔をして、「そういう方面の女の人…」。なかなかわかっています。ちょっと嫌われたようですが、しかし歌としては傑作です。

愛などと呼べどもこの世にあらぬもの風船かずらの実のなかの空

 全員沈黙。


栗木京子

観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)

 有名な歌で中学の国語教科書にも載っています。作者が京都大学在学中に発表したもので、後の活躍を約束するような秀作です。

我よりも美しき友と連れだちて男群れ居る場所を通れり

 女子が何人かうつむいてしまいました。しかし、自分自身をここまで突き放して描写できる感性はすごい。これも在学中の詠。

いのちよりいのち産み継ぎ海原に水惑星の摶動を聴く

 これは男にはわからない。しかしわからないながらもその美しい調べには打たれます。母親となった作者が、自身をも含めた専業主婦一般を、例の犀利な眼でとらえた一群の詠は、現代社会の一面を非情にえぐります。授業では扱いませんでしたが、ここで一首だけとりあげます。

天敵を持たぬ妻たち昼下がりの茶房に語る舌かわくまで


道浦母都子

ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく

 この詠で、特に男子たちが騒然となります。「ガス弾」に何か異様なものを感じたらしい。70年安保、学園紛争などといっても通じるものではありませんが、かいつまんで説明を加えました。

催涙ガス避けんと秘かに持ち来るレモンが胸で不意に匂えり

 男子たちの興奮が止みません。

明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし

 さきほどから必死にこらえてきたものがあふれ出しそうになり、声が震えました。あの時代を体験した者は、活動家であれノンポリであれ、この詠には格別の感慨を抱かざるを得ないでしょう。「サラダ記念日」の出現以前に、短歌として最大の発行部数を記録したのが、これらの詠を収めた「無援の抒情」でした。切なくて説明を加えるどころではなかったので次の詠に移りました。

土曜日はバラの束買う平安をいつしかわれも愛しはじめぬ

 このあたりから女子がうなずき始めます。

如月の牡蠣打ち割れば定型を持たざるものの肉やわらかき

 そこかしこで「わあ、おいしそう。」当方もやや落ち着きをとりもどします。


中城ふみ子

倖せを疑はざりし妻の日よ蒟蒻ふるふを湯の中に煮て

 道浦母都子や辰巳泰子など、切れば血の出るような女性詠の嚆矢となったのが、戦後約10年を経て登場した「乳房喪失」の中条ふみ子。授業はここで厳粛な死の問題に対します。すでに一部の女子たちは没入のモード。乳がんの闘病生活の中で紡がれた言葉の群れによって、教室はなんとも言いようのない迫真の磁場に包まれます。

夜の風に紛れ来りてわが咽喉を扼すその手を誰かは知れり

 教室がざわめく。異様な雰囲気が醸し出され、みんな固唾を呑む。特に解説しなくても「その手」の意味するものはなんとなく直感しているようです。そしていよいよ決定的な次の詠。

死後のわれは身かろくどこへも現れむたとへばきみの肩にも乗りて

 ここでいっせいに「わー」と悲鳴があがる。あるいは「きゃー」に近かったか。

 さて、こんなところで入試のことを持ち出すのは少々場違いになってしまいますが、授業中の観察の結果として、歌への反応の大きさと国語の偏差値とがみごとに比例していると言えます。最後の詠に悲鳴をあげた生徒たちは、おしなべて上位校に進学していきました。

 一方、その最後の詠に教室中がどよめく中で、つまらなそうに欠伸をする生徒もいました。そして、その生徒の成績ははなはだ振るわなかったのです。

 では、文学的な感性とは生まれつきのものであって、後天的な努力は無意味なのでしょうか。そうではないと思います。最後の詠に欠伸をした生徒も、決して見込みがないとは思いません。それはふだんの授業態度の中に可能性を見出せるからです。国語が不得意ながらも、前向きに努力する姿勢がありました。

 見込みがないと思うのは、作品を一瞥しただけでせせら笑い、茶化し、はねつける、また対人関係において「前のをとこの名を呼べ」などと言うタイプ。これらは「こころ」をどこかに置き忘れてしまったのですからどうしようもありません。

 人にはそれぞれ語彙の容量(キャパシティ)があることはどうも否定できないようです。抽象的な言葉がからきしダメな人がいます。いわゆるムズカシイ話が一切ダメなタイプ。しかし、フーテンの寅さんの語彙は貧しいかもしれませんが、その語る言葉には心情がこもっており、人を感動させます。

 一方、やたらに難解な表現で人を煙に巻き、文字通り煙たがられる人もいます。実はナルシシズムの塊りなのですが、まさに寅さんこと渥美清が徹底的に忌み嫌った「便所のナメクジとインテリ」のそれでしょう。

 ここで再び、なぜ男性歌人の詠に琴線に触れるものが少ないのかを考えてみます。これは独断と偏見に過ぎないのですが、もしかしたら、頭で作ることと、心で詠うことの差かもしれません。作歌の動機の中に、歌壇においてよい地位を得よう、占めようという出世主義の魂胆が伏在しているとすれば、その詠はある種の計算によって仕立てられることになります。エラクなれなきゃ男じゃない、男はつらいのだ、と言ってしまえばそれまでですが、もしも歌を出世や売名の手段と考えたのなら、それがいかに技巧的に洗練されていても、生きていくうえで詠わずにはいられなかった女流歌人たちの「うったえ」には及ばないのではないでしょうか。

苦しみを相分つこと遂になからんと思いて夜の障子を閉ざす

尾崎左永子

 今回はまことにとりとめのない話になりました。結びに論語の言葉を引きます。

子曰く、詩三百、一言以って之を蔽えば、曰く、思い邪(よこしま)無し。

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