第4回 選択問題の解き方(2)
目玉ではないように。とっさに彼は祈るように思った。
「ど、どれ、見てあげる。手をどけて。」
彼は、目をおおっている里子の手を引きはがそうとしたが、力が及ばなかった。里子は、痛みがますますひどくなるのか、泣きながらわなわなとふるえたり、身もだえする。仕方なく、彼は染直の店まで里子を両腕で横たえるようにだいていった。
染直では、店にいた家族や使用人たちが総立ちになった。土間のおくから走り出てきた母親が、彼の腕から里子を引ったくるようにだき取った。染直の人々は、みな、うろたえていて、彼がそこに立っていることなど忘れていた。彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。
(つづく)
[ 問 ]
下線部「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」とありますが、なぜ彼はこのような行動をとったのですか。その理由として適当でないものを、次の中から選びなさい。
- ア 染直の人々があわてふためいているので、だれかを呼び止めるのが心苦しかったから。
- イ 里子の目を傷つけたのは自分自身であることを、そっと染直の人々に謝りたかったから。
- ウ 里子本人に直接謝る勇気はなかったが、遠くからなら頭を下げることはできたから。
- エ 誰も自分にかまってくれないので、また後日あらためて出直してこようと思ったから。
[ 解説 ]
設問に注意しなければならない部分があります。「その理由として適当でないものを」となっています。きちんと押さえられたでしょうか。
[1.設問をよく読もう]で注意したことをもういちど思い出してください。
落ち着いて読めばなんでもないことです。しかし、ほとんどの選択問題は、正しいものを選ぶようになっているため、それが習慣になってしまい、設問をよく読まずに大失敗する場合が多いのです。
試験中は時間に追われて焦ってしまうことも多いものです。しかしそんな時こそ「急がば回れ」です。
ただし、このような「適当でないもの」を選ぶ設問は、「適当なもの」を選ぶ場合に比べて解きやすいものが多いので、ぜひ得点源にしていただきたいものです。
鉄則: 設問はすみからすみまできちんと読む。
では、いっしょに考えてみましょう。理由を問う設問ですから、前回と同様に、下線部の理由を本文の中に探します。
まず下線部の直前、「染直の人々は、みな、うろたえていて、彼がそこに立っていることなど忘れていた。」という部分がその理由ではないかと考えてみます。
「染直の人々は、…彼がそこに立っていることなど忘れていた」(ので)、「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」とすると、たしかにその通りだと考えられます。せっかく里子を店まで連れて来てあげたのに、誰からも無視されたままであれば、店を出て行くのもやむをえないかもしれません。
しかし、よく考えると、少々おかしいところがあります。彼は自分が居ることを店の人に気づいてもらいたいのでしょうか。
もしも店の誰かに里子のけがの原因をたずねられたとしたら、彼はたいへん苦しい立場に追い込まれてしまいます。原因を作ったのは彼自身だからです。
したがって、「染直の人々は、…彼がそこに立っていることなど忘れていた」という部分は、下線部の理由としては十分なものとはいえません。
そこで、下線部の理由を、彼の気持ちの中に探ってみましょう。
「目玉ではないように。とっさに彼は祈るように思った。」「染直の店まで里子を両腕で横たえるようにだいていった。」という部分から、彼は責任を痛切に感じていることがわかります。
自分の投げ入れた栗が原因だと理解したときに、もしも卑怯な人間であれば、無関係を装って、なにもぜずにそのまま黙っていたかもしれません。
しかし、彼の「染直の店まで里子を両腕で横たえるようにだいていった。」という行動からは、彼の責任感ある良心的な人がらが感じ取れるはずです。
ただし、染直の店で、里子のけがの原因を作ったのは自分であることを正直に言い出せなかったのは、そこまで思いきる勇気が足りなかったのだと考えられます。
まとめてみましょう。
・「染直の人々は、みな、うろたえていて、彼がそこに立っていることなど忘れていた。」という目に見えることがら(出来事)は、表面的な理由にすぎない。
・“取り返しのつかないことをしてしまった”という目に見えない彼の気持ちこそが本当の理由である。
「理由」(原因)には大きく分けて2種類あります。
(1)「出来事」が理由(原因)になっているもの。(目に見える)
(2)「気持ち」「考え」が理由(原因)になっているもの。(目に見えない)
では、以上の検討をふまえて、選択肢をひとつひとつ調べて行きましょう。答として「適当なもの」は消去してきます。
ここでは、各選択肢と下線部「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」とを、原因と結果の関係にあてはめて、矛盾なくつながるかどうかを確かめることにします。4つのうち3つは正しく結びつくはずです。
ア
(原因)「染直の人々があわてふためいているので、だれかを呼び止めるのが心苦しかったから」→(結果)「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」 ・正しく結びつきます。
l ・彼が自分の責任を自覚しているのかどうかという点はよくわかりません。しかし、店の人に迷惑をかけたくないという気持ちですから、彼の良心的な人柄は読み取れます。
・消去してよいでしょう。自信がない場合は、保留にしておいてください。
イ
(原因)「里子の目を傷つけたのは自分自身であることを、そっと染直の人々に謝りたかったから」→(結果)「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」
・正しく結びつきます。
・責任を痛感している彼の気持ちがよく現れています。
・消去します。
ウ
(原因)「里子本人に直接謝る勇気はなかったが、遠くからなら頭を下げることはできたから」→(結果)「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」
・正しく結びつきます。
・謝らなければならないという気持ちをもっていることが認められ、自分の責任を自覚していることは明らかです。
・消去します。
エ
(原因)「誰も自分にかまってくれないので、また後日あらためて出直してこようと思ったから」→(結果)「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」
・「誰も自分にかまってくれないので」「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」という結びつきは不自然です。
・すでにア・イ・ウの3つが消去されているので、これが「適当でないもの」になります。
・アとエの比較では、アのほうが「適当なもの」と考えられます。
・「後日あらためて出直してこよう」についても、何のために出直してくるのか、その目的がよくわかりません。もしも店の人にかまってもらうためだとすれば、自分のことしか考えていない自己中心的な人柄ということになります。
このように、正解としてふさわしくないものを消去して行く方法が 消去法 です。いきなり正解を選び出すより、正解の候補をしぼりこんでいく方が正解率は高くなります。
読解練習でこの方法を訓練していくうちに、選択肢を2つまでしぼりこむと、その中にほぼ100パーセントに近い確率で正解が含まれるようになります。1点を争う入試では必ず実行したい解法です。
ここでは解法の原則通りに、下線部の理由を本文の中に探ってから選択肢の検討に入りましたが、実際の試験では時間の制約がありますので、最初に原因と結果(因果関係)のあてはめを行い、その上で本文を参照しながら正解の候補をしぼりこんでいく方法でもかまいません。
[ 正解 ]
エ