第13回 文中から抜き出す問題 プラス・イメージとマイナス・イメージ
次に示すのは、角野栄子「魔女の宅急便」の一節(途中に省略したところがある)である。主人公キキの母親は魔女で、キキもまた魔女として生きていくために母親からほうきで空を飛ぶという魔法を教わると、黒猫のジジとともにコリコの町へと旅立った。その町でキキは、空を飛んで荷物を届けるという仕事をした
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
コリコの町はもうすっかり春でした。
キキは、お日さまのさしこむ窓べにいすを引きずっていくと、その上にひざをかかえてすわりこみました。見あげると空はどことなくけぶって、赤ちゃんのほっぺたみたいなやわらかい光にみちていました。
「あさってで、とうとう一年。[ 1 ]できるのよ。」
さっきからキキは、このことばを何度つぶやいたことでしょうか。
じつはだんだんこの日が近づくにつれ、キキは、(1)うれしいのにこわいという、へんな気持ちがしているのです。
「そうだよ。きょうとあしたと、二日しかないよ。用意しなくていいの?」
「なにも、きっかり一年目じゃなくてもいいのよ。」
キキのことばに、ジジはせかせかと歩きまわり、しっぽでゆかを打ちました。
「どうかしたの? キキ、帰るのあんなに楽しみにしていたのに。いよいよとなったら急におちついちゃってさ」
キキは、じっとひざを見つめながら、スカートをつまんで、つまさきをそろえてならんでいる二つの足を、体をななめにしてながめました。
「ねえ、あたし、変わったかな。すこしおとなになったかしら」
「背がのびたよ」
「それだけ?」
「まあね」
ジジはいらいらとひげをふるわせました。
「ひとり立ちできたと思う?」
キキはまたききました。
「なにをいってるのさ、今ごろ」
ジジはあきれて、キキを見、ふと首をかしげてなぐさめのことばにかえました。
「まあまあ、上等じゃないの」
「ありがとう」
といったものの、キキはまたむっと口をつぐみました。
おかあさんのあとつぎという、どの女の子も考えそうな道を、キキはえらんだのでしたが、そのあとは自分の判断でこのコリコの町をえらび、考えたあげく、魔女の宅急便という仕事をはじめたのです。思いかえすと、たいへんなこともたくさんありました。でも一年間、せいいっぱいやってきたと自分でも思えるのです。それなのに、今ごろになって、「あたし、ほんとにできたのかしら」という、予想もしなかった不安にキキはおそわれていたのでした。ひとり立ち前のキキだったら、「あたし、やったわ、えらいでしょ」とすすんでいいふらすことぐらいしたかもしれません。ところが今は、ジジが「上等だよ」といってくれても、もう一つ自信がもてないのです。ほんとうはどうなのか、だれかにきいてみたいという気がしきりにするのでした。
「里帰り、のばすっていうんじゃないでしょう?」
ジジガ横目でいいました。
「まさか」
キキはもやもやに区切りをつけるように、急に元気よく立ちあがると、背中をぴんとのばしました。
「さ、仕事よ。そうなのよ。里帰りってさ、つまり[ 2 ]なの。かあさんにあたしたちを運ばなくちゃ。用意、は、じ、めっ」
「やったね」
ジジはおどけた声をあげて、うしろ宙がえりをしてみせました。キキも(2)やっと心がはずんできて、ばたばたと動きはじめました。
「さあ、出発よ」
キキはジジに声をかけ、ほうきと荷物をかかえて外に出ようとして、思わずふりかえり、自分の店の中を見まわしました。
赤い電話、レンガと板の机。地図、せまい階段、すみにつまれた粉の袋、必要になってこの町にきてから買ったこまごましたもの。
みんな一度に一年間の思い出となって、どっとキキの胸を打ちました。 「行きましょ」
キキは大きく息をして、かすれてしまった声でいいました。
[問一]
[ 1 ][ 2 ]に入るのにもっともふさわしいことばを、それぞれ文中から三字でぬき出しなさい。
[解説]
空欄補充ですが、用意された選択肢の中から選ぶのではなく、文中から抜き出す形式です。
このような出題形式の場合は、まず空欄の前後をよく調べ、あてはまる言葉のおおまかなイメージを把握します。
イメージを持たずにあちこち探し回るのは、目隠しして探し物をするのと同じで、スイカ割りゲームのような徒労に終わる場合が多いのです。無駄な動きが多く、意外に多くの時間を費やしてしまう危険もありますので、解答する順番も、なるべく後回しにした方が無難です。
この設問には「三字」という条件があるために、なんとなく目標が絞れたような気がするかもしれません。しかし、ただやみくもに三字のことばを探し出し、試行錯誤であてはめを試みるという方法は、結局まぐれ当たりに期待するのと同じで、いくらやっても実力には結びつきません。
では、イメージの把握から探索へ、順を追って解いてみましょう。
[1]
・「[ 1 ]できる…」とありますから、キキがこれから実行しようとしているなんらかの行為です。
・それは「あさって」に予定されています。
・「この日(=あさって)が近づくにつれ、キキは、うれしいのにこわいという、へんな気持ちがしている」とありますから、それを実行することに“ためらい”を感じていることがわかります。
以上でおおまかなイメージはつかめました。
イメージ…「あさってに予定されている、ためらいを伴ったキキの行為」
これを手がかりに当てはまる言葉を探してみましょう。
・「どうかしたの? キキ、帰るのあんなに楽しみにしていたのに。いよいよとなったら急におちついちゃってさ」というジジの言葉に注目します。
・「うれしいのにこわい」と「あんなに楽しみにしていたのに。いよいよとなったら急におちついちゃってさ」につながりがあり、それぞれ“ためらい”を感じさせる表現です。
・したがって、キキがためらっている行為とは「帰る」ことなのだとわかります。
・あさってに予定されているという点でも問題はありません。
・しかし、「帰る」では、設問の「三字」という条件にあてはまりません。
・そこで、「帰る」と同じ意味で「三字」、さらに「…できるのよ」にうまくつながる言葉を探します。
・「里帰り、のばすっていうんじゃないでしょう?」「さ、仕事よ。そうなのよ。里帰りってさ、つまり 2 なの。かあさんにあたしたちを運ばなくちゃ。用意、は、じ、めっ」の部分から、「里帰り」が上記の条件にあてはまることがわかります。
[2]
・「さ、仕事よ。そうなのよ。里帰りってさ、つまり[ 2 ]なの。かあさんにあたしたちを運ばなくちゃ。用意、は、じ、めっ」の部分をよく検討すると、「仕事」=「里帰り」=[ 2 ]=「かあさんにあたしたちを運(ぶ)」の関係に気づきます。
・イコールの関係で結ばれますので、イメージははっきりしています。
イメージ…「里帰り=かあさんにあたしたちを運(ぶ)仕事」である。 ・そこで、先回学んだ「同じ言葉・よく似た表現」の原則に従い、「仕事」「運ぶ」「里帰り」をキーワードにして、これらを本文の中に探します。
・すると「魔女の宅急便という仕事」の部分に注目できます。
・「宅急便」は「三字」であり、意味の上でも「仕事」あるいは「運ぶ」という意味に合致します。
[正解]
1 里帰り 2 宅急便
[問二]
下線部@は具体的にキキのどのような気持ちを言っているのか。その気持ちを次のようにまとめてみたとき、(1)(2)(3)に入るのにもっともふさわしいことばを、それぞれ文中から五字以内でぬき出しなさい。
一年間たって家に帰るのが(1)な半面、仕事を通して(2)ができたかどうかという(3)な気持ち。
[解説]
(1)〜(3)それぞれのイメージを把握しておきましょう。
キキの気持ちを問う設問ですから、当然( )には気持ちを表す言葉が入るはずですが、(2)だけは気持ちとは別の言葉が入るようです。気持ちを表す言葉だとうまくつながりません。
「(1)な半面、…という(3)な気持ち。」とありますから、(1)と(3)は反対の気持ちになるようです。
整理してみましょう
(1)…「家に帰る」ことに対する気持ち。
(2)…「仕事を通して」できたこと。
(3)…「仕事を通して(2)ができたかどうか」とあるので、なにか割り切れない迷いのような気持ちであり、(1)とは反対の関係になる。
ここで非常に重要な原則があります。
原則 「プラス・イメージ」と「マイナス・イメージ」にわける。
(3)は「なにか割り切れない迷いのような気持ち」ですから、マイナス・イメージの言葉である可能性があります。
一方、(1)は(3)と反対ですから、プラス・イメージである可能性があります。
そういえば、キキは里帰りについて、「うれしいのにこわい」、あるいは「あんなに楽しみにしていたのに。いよいよとなったら急におちついちゃってさ」という矛盾した気持ちをいだいていました。
「うれしい」や「楽しみ」はプラス・イメージ」、「こわい」はマイナス・イメージで、反対の意味になっています。
このように、探し求める答がプラス・イメージなのか、それともマイナス・イメージなのかが把握できると、正解をしぼりこむ上で非常に有利になります。
このテクニックはやさしいのですが、効果は抜群です。
たとえば次のような設問の場合はどうでしょう。
(問) キキの人がらについて、あてはまるものをひとつ選びなさい。
ア せっかち イ 面倒くさがり ウ 前向き エ うぬぼれ
ア・イ・エがマイナス・イメージ、ウがプラス・イメージになります。「ひとり立ち」というキーワードをふまえて、少女から大人になろうとするキキの心情が読み取れていれば、ほとんど迷わすに正解としてウを選べると思います。
実際にはこんなやさしい設問は出題されないと思いますが、プラス・マイナスで、正解の候補を2つくらいにしぼれるような選択問題は非常に多いのです。
では、イメージやキーワードを整理した上で答を探して見ましょう。
(1)…「うれしい」「楽しみ」「家に帰る」 プラス・イメージ
(2)…「仕事を通してできたこと」
(3)…「こわい」「仕事」「できたかどうか」 マイナス・イメージ
「同じ言葉・よく似た表現」の原則に従って、キーワードに該当する言葉や現を探します。
( 1 )
・「どうかしたの? キキ、帰るのあんなに楽しみにしていたのに。」の部分に注目します。
・「帰る」→「楽しみ」となっていますので、設問の「家に帰るのが(1)な反面」には「楽しみ」(プラス・イメージ)が当てはまるようです。
( 2 )
・「…考えたあげく、魔女の宅急便という仕事をはじめたのです。思いかえすと、たいへんなこともたくさんありました。でも一年間、せいいっぱいやってきたと自分でも思えるのです。それなのに、今ごろになって、『あたし、ほんとにできたのかしら』という、予想もしなかった不安にキキはおそわれていたのでした。ひとり立ち前のキキだったら、…」の部分に注目します。
・「『あたし、ほんとにできたのかしら』という、予想もしなかった不安」の部分を補って、『あたし、ほんとに(ひとり立ち)できたのかしら』という、予想もしなかった不安」としてみるとわかりやすくなります。
・設問の「…(2)ができたかどうか」と上記の「…(ひとり立ち)できたのかしら」がよく似た表現です。(2)には「ひとり立ち」が当てはまるようです。
( 3 )
・設問の「仕事を通して(2・ひとり立ち)ができたかどうかという(3)な気持ち。」と、「『あたし、ほんとに(ひとり立ち)できたのかしら』という、予想もしなかった不安」がよく似た表現になっています。キーワードの「こわい」と「不安」(マイナス・イメージ)もよく似ており、(3)には「不安」が当てはまるようです。
実際にあてはめて確認してみましょう。
一年間たって家に帰るのが(1・楽しみ)な半面、仕事を通して(2・ひとり立ち)ができたかどうかという(3・不安)な気持ち。
本文の内容と合致しています。
[正解]
1 楽しみ 2 ひとり立ち 3 不安
[問三]
キキが下線部Aのようになったのは、どのように考えたことがきっかけだったのか。次のア〜オからもっともふさわしいものを選び、記号で答えなさい。
ア 家に帰るということを一つの仕事としてとらえたこと。
イ 母親の後をついで魔女になるという決意を固めたこと。
ウ 「上等だよ」と行ってくれたジジの気持ちが分かったこと。
エ コリコの町で一年間よく仕事をしたという確信がもてたこと。
オ ほうきで空を飛んですぐに母親と会えるのが実感できたこと。
[解説]
出題の中には、ただで点数を差し上げますといわんばかりの極めて易しい設問が何題かあるものです。あまりに易しすぎて、かえってワナがあるのではないかと疑ってしまうほどです。そんな場合でも、原則どおりにしっかりと手がかりを押さえれば迷うことはありません。
設問には「どのように考えたことが…」とあります。「考えたこと」にあてはまるのはアしかありません。
「家に帰るということを一つの仕事と(考えた)こと。」と言い換えてみるとよくわかります。
また、手がかりの探し方の鉄則通り、下線部の直前からさかのぼっていくと、「キキはもやもやに区切りをつけるように、急に元気よく立ちあがると、背中をぴんとのばしました。『さ、仕事よ。そうなのよ。里帰りってさ、つまり[ 2 ]なの。かあさんにあたしたちを運ばなくちゃ。用意、は、じ、めっ』『やったね』ジジはおどけた声をあげて、うしろ宙がえりをしてみせました。」の部分に注目できます。里帰りを仕事と“考えた”ことがきっかけで迷いが晴れ、元気が出てきた様子がわかります。
アでほぼ確定ですが、念のために他の選択肢にも検討を加えます。
イ…一年前の出来事ですから時間的に全くつながりません。
ウ…本文に、「『まあまあ、上等じゃないの』『ありがとう』といったものの、キキはまたむっと口をつぐみました。」とあります。
エ…本文に、「でも一年間、せいいっぱいやってきたと自分でも思えるのです。それなのに、今ごろ?になって、『あたし、ほんとにできたのかしら』という、予想もしなかった不安にキキはおそわれていたのでした。」とあります。
オ…「すぐに母親と会えるのが実感できた」とは本文のどこにも記されていません。
[正解]
ア